「まあ、ゆっくりしていてくれ。飲み物取ってくるから」
「ああ……」
「家に来ないか」ワシの突然のその提案に、以外にも三成は肯定の意を示してくれた。
積もる話は山ほどある。
冷蔵庫からアイスティーを取り出し、二つ分のコップに注いでいると、玄関からチャイムの無機質な音が響いた。
こんな時間に誰だろう。宅配便か? でも、だとしたら平日の午前中なんて、誰もいないって分かってるはずなのに……
もう一度インターホンが鳴って、ぐるぐる考えていてもしょうがないかとワシは扉を開けた。
その先には
「元親!? どうしたんだこんな時間に」
親友であり、自らをオタクの道へと突き落とした張本人がいた。
元親は挨拶も程々に一気に捲し立てる。
「呑気にどうしたんだじゃねーよ!! 何回も携帯にメールも電話もしてんのに、お前出なかったから心配して来てやったのによお……」
「え? メール……? 電話……?」
我に返って、制服の胸ポケットから携帯を引っ掴み、それはそれは逆パカしそうな勢いで開いた。
時代はもうスマートフォンだと言うのに、ワシの携帯は未だにガラゲーである。
早々にスマートフォンに移行したいと考えている今日この頃だ。
さて、言われたとおりディスプレイは元親からの不在着信やらメールやらで埋まっていた。
「すまん……全然知らなかった」
三成のとのことで頭がいっぱいで、きっと気づかなかったに相違ない。
相当、意識が向こうに行っていたと。そう言うことだろうか。
急に何だか、さらに元親に申しわけなくなってきて再びワシは謝った。
「すまん」
唐突にしんみりとし始める空気。
払うようにして元親はハハハと豪快に笑って、大きな手の平で頭を撫でてきた。
「いいって気にすんな。それにしても、こっちがどうしたって話だ。てっきり具合が悪くて死にかけてんのかと思ったら、元気じゃねーか」
「あー、いや、ちょっと……な」
ワシは逡巡した。
あの女装系男子とのことをどう誤魔化したらいい。
むしろ、誤魔化すどころか自慢してやりたい気分なのだが、今の状況でそれをするのは間違っているはずだ。確実に。
すまん元親……!
ワシは本日三回目となる元親への謝罪を心の中でする。
「実はちょっと野暮用があってな。今日はもう学校には行けないんだ。せっかく来てもらったのに茶も出せないですまない。今度何か餞別持ってくから」
言い終って、我ながら嘘が下手だなあと思った。
それでも数年来の友人である彼は、きっと何かを感じ取ったのだろう。
くしゃりと頭を撫でてくれて「今度からは心配させんじゃねーぞ」と言ってくれた。
本当になんて自分は素晴らしい友人を持ったのかと、自らの対人運のよさを実感していたところで、そこでやっとワシは気がつくこととなる。
「元親……? どうした?」
元親はただ一心に玄関に置いてある靴を見ていたのだ。
その靴は――
「家康、悪いが上がらせてもらう」
「え、ちょ、元親!?」
言うが早いか元親はそくささと靴を脱ぎ、家主であるワシを一人残してスタスタと行ってしまった。
こんな時でさえ、脱いだ靴を綺麗に揃えていくのは流石である。まだきっと幼い頃の習慣が残っているわけか。姫若子おそるべし、だ。 「石田!」
「長曾我部!?」
驚きに目を白黒させている三成と、これまた驚きながらも、やはりそうだったかという表情を浮かべている元親。
困惑しながら元親の後を追ったワシの目はそんな光景を見た。
「よお。久々、だな」
「……ああ」
えーと、すいません。今どんな状況なんでしょうか、これ?
なんだか二人の世界になってしまっていて、声をかけることも躊躇われたけれど、思ったことは口にしなければ気が済まない性格だった。ワシは。
それが原因で、お前は一言多い、と忠告を受けることは少なくなかったが、また別の話である。
「あのー、三成さん? 元親さん? お二人はいったいどのようなご関係で……はい」
動揺しすぎて敬語になっちゃったよ。ワシ何したいんだよ。
静まり返る部屋。
何かしていなければ沈黙に殺されそうな気分になった。
誤魔化すように、自分達に囲まれている円卓の上に人数分のアイスティーが入ったコップを置いたのはそのためだ。
カランと涼しげな音を立てて氷がコップにぶつかって。
いつもであれば心穏やかに聞こえる音も、今の状況では余計に緊張を生じさせるのみだった。
誰が最初に口を開いたか、静かに切り出したのは元親だ。
「家康。今から変なことを聞くかもしれねえが『はい』か『いいえ』で答えてくれ。お前は石田から、前世の話を聞いたか?」
「え」
「家康。『はい』か『いいえ』だ」
三成がちびちびとアイスティーを飲みながら静かに答えを促す。
一拍あって、ワシは「はい」と短く肯定の意を示した。
また前世。また前世か。また前世だ。
今日何度聞いたか分からない、その言葉。
思考も追いついていなかった。
どうして、元親と三成はお互いの名前を知っているんだろう。
どうして元親までもが前世というワードを出してくるんだろう。
「すまん。ずっと黙ってたんだ。俺も石田と、同じ、だ」
「お……なじ?」
きっと元親は、ワシが思っている疑問に答えをくれたんだと思う。
ただその意味がまだワシには分からなかった。
「長曾我部も前世の記憶があるということだ」
「!!」
危うく持っていたコップを落としそうになった。
なんてこった。
いよいよこれが冗談でもなんでもなく、本当だと言いたいのか。
どうか夢オチであってほしい。
ワシの困惑をよそに、三成は淡々と語り始めた。
「長曾我部は私と同じ西軍に属していた。それはつまり」
「俺は家康に殺された」
「ワシが…!?」
元親の言葉に思わず肩を掴んでいて、「おいおい、まあ黙ってまず聞いとけ」と諭され大人しく座りなおした。
喉が以上に渇く。
堪らずアイスティーを飲んだけれど、それは解消されなかった。
「だから現世で家康と会ったときはどうしようかと思った。あ、勘違いすんなよ。俺がお前に殺されたから、ってんじゃねえ。俺はもう一度、お前と友達でありたかった。でもお前のことだから、きっと俺には近づいてくれねえんじゃねえかって。だからお前に記憶がないって知って、嬉しかった。もう一度、お前と友達でいられるって。言わなかったのは、全ては俺のエゴなんだ。すまん。今まで騙してた。黙ってた」
「…………」
次々と明かされていく真実にもう何も言えなかった。
元親に続いて、また新たな事実を三成が教えてくれた。
「そもそもの始まりは貴様が秀吉様を殺めたことだった」
「……ワシが毒殺でもしたのか?」
「貴様もしや、秀吉様を毒でもってお殺しになったのか!? この卑怯者め!!」
「えっ」
「えっ」
「石田、石田。豊臣秀吉は病死したってのが今言われている通説だ」
「なっ、どういうことだそれは!! 貴様、家康、歪曲したな!!」
「わわわわ歪曲だって!? 知らない知らないワシなんっにも知らな――三成やめろ肩を掴んで揺さぶるのはやめろ舌噛んじゃうワシ死んじゃう!!!」
「今すぐ死ね!!!!!!」
「落ち着けって石田、な? な?」
べりりと元親は、ワシに詰め寄っている三成の体を自分の方へと引き剥がした。
「ほら、どーどー」
さながら、今にも噛みつかんとしているわんぱくな犬とその飼い主のようで見ていると微笑ましくなって、少しだけ笑みがこぼれた。
それにしても……
「ワシが豊臣秀吉を殺していたとは……人生分らんな」
「今まで話したこと全てに偽りなどない。貴様は、その拳で秀吉様を殺した」
「拳ってまさかとは思うが、こう拳骨で殴ったとかそういう……」
「ああ」
「……豊臣秀吉ってどれくらいの身長だったんだ?」
「そうだな……七尺ほどだったか」
「七尺!? え、わ、ワシは……?」
「貴様は今と変わらん。ええい、身長の話がどうしたと言うのだ。私は今貴様の決して許されることのない罪についてだな!!」
三成が何か言ってる。でも今のワシにはそんなの一度はいってきてそしてすぐに抜けてしまう、いわゆる竹輪構造であった。
ワシの今の身長が180cmほどであるので、そんなワシが約2mの人を拳で…なにそれこわい。
己の置かれた状況が、今更ながらにとんでもないものであるということをワシは嫌というほどに感じたのだった。

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