ワシは瞬きもせず、暫し凝視していた。
否、凝視しなければならなかった。
現実を見なければならなかった。現世を前世を。己の罪の重さを。
……前世?
何の脈絡もなく出てきたその単語。とも思えば、出てきてもおかしくはない。だって……
ああもうわけが分からないよ。こんなの絶対おかしいよ。
思考がぐちゃぐちゃになっていく。
そんな中でも、ちゃんと五感は機能するらしく、三成の凛とした声が嫌にも耳に飛び込んできた。
「いいか、よく聞け。貴様は徳川家康の生まれ変わりだ」
生まれ変わり。なんかどっかで聞いたことある。あー、数分前のあれか。
相も変わらず、脳内はかなりの散らかりようだったが、ふとそれは浮んできてくれた。
三成が三成の生まれ変わりで、家康が家康の生まれ変わり。ああああゲシュタルト崩壊しそう。
「私は四百年前死んだ。貴様の手によって。だが、勘違いするな。別に私が、今の私が、貴様を殺す理由にもならないし、私は私のために貴様を殺したいわけでもない。私は貴様のために私と貴様を殺す」
……大事なことなので二回言います。ゲシュタルト崩壊しそう!!!!!
ちょっともう「私」が多すぎて何を伝えたいのか分からんぞ。
だからつまりまとめると、ええと。
「お前はワシを殺したいんだな!!!」
「今まで話を聞いて、まず言うことはそれか!? 私が最初に言ったことと同じではないか!! 貴様は今まで何を聞いていた!?」
ダンッと三成がテーブルを叩いた。
途端にポテトが中を舞い、ドリンクと食べかけのハンバーガーが引っ繰り返った。
既にドリンクは飲み干していたので、惨事になる事は無かったが問題はそこではない。
ハンバーガーの方である。
実は今朝、寝坊して朝食を摂っている暇が無かったのでお腹が空いていたワシはそうせ食べるのならボリュームがあるものをとビックワックを頼んだのだ。
ビックワックはと言えば、包装紙に包まれているのではなく、紙のパックに入っている。
故に引っ繰り返った拍子に卓上へとハンバーガーは無残な着地を遂げてしまった。
千切りキャベツの不安定さもあいまってか、今にもパンズが落ちそう。あ、落ちた。
「昔から貴様はそうだった!!! 分かった分かったと言ってはいるが、全く反省もせず――っおい聞いているのか!?」
「はっはいはい聴いてます聴いてます!!! 耳の穴かっぽじり過ぎて、血が出そうなくらい聞いてます!!!」
三成がバンバンと机を叩く度に、やはりポテトは中を舞う。
ハンバーガーの面影は微塵もない。
むしろハンバーガーであったことさえ疑わしい。
机の上はもうしっちゃかめっちゃかだった。
店内にいる他の客達は何事だろうと、皆こちらを見てくるし。
痛い!! 痛い!!!! 視線が!!!! そんなに見つめないで!!!!
傍から見れば、まるで痴話喧嘩中のカップルのようだが(にしても激しすぎるか)リア充爆発しろと思っている輩もよそでやれと思っている輩もいるであろうが、全くもって掠ってもいないので誤解しないでいただきたい。
それにワシらは付き合うどころか、今朝知り合ったばかりだ。
……いや、三成が言うところには四百年前にも会っていたんだったか。
ワシはこの辺りから、オタクという人類は割と非現実的なことに出会っても、必要に取り乱したりしなければすんなりと受け入れられる心を持っているのなだなあと感心すらしていた。
三成のペースに巻き込まれていただけかもしれないけれど。
そしてまだ夢オチという選択肢も諦めていません。
依然として机を叩くのをやめない彼女をこれ以上逆撫でないよう、何度も脳内で反芻して慎重に切り出した。
「何故ワシを殺したい? ワシの為とは一体……」
「……私は」

「私は貴様を愛していた」

「ブッ!!!! ゴホゴホッ……」
その唐突な告白に思わず咳込んだ。
自他ともに認める面食いなワシである。
目の前にいる美少女に「愛している」と言われれば、男として返す言葉は一つしか、ない。
深呼吸を一回して。
瞳を見つめて。
「すきですつきあってください!!!!」
「……私は男だ」
「は」
人間として間違っているような気がしなくもないが、とにかく前世うんぬんかんぬんよりこれが一番の驚きであった。
詐欺だろ。
こっっっっんな可愛い美少女が男なんて。冗談だろ!?
「あっははー三成は面白い嘘をつくなあ」
「何を言っている? 嘘をつく必要などないだろう。それに私は嘘は大嫌いだ。なんなら今ここで脱いでやるが」
「!? わっちょ待て!! 早まるな!! ここ店、店の中!!!!」
「外ならいいのか?」
「もっとダメです!!!!!!!」
「いいか、私は貴様を男と分かっていながらも言ってやったんだ。片や貴様ときたら、私が男であるとも知らずに言ったんだろう。だから、本当のことを教えてやったまでだ。大体貴様は本当に昔から……」
……ああ、なんか確かに声が男っぽい。じゃなくて男や。ぽくない、完全に男やん。
神様、ワシはこれから何を信じればよいのでしょうか。
もう分かりません。何も信じれません。
セーラー服着てて、顔も綺麗だったし、細っこかったから女と思う他なかったんだけど。
先入観って怖い。
ええい、ままよ!
「質問をしよう。其の一、君はワシを愛していたと言ったが、君は前世では女だったのか。その二、そして今でもそれは有効なのか。其の三、何故セーラー服なのか」
「私は前世でも男だった。そして私は今も貴様を、憎からず思っている。セーラー服は、半兵衛様が『こういう格好の方が家康君が喰いつくから』との理由でお貸しいただいた。私には何のことだかさっぱり分からなかったが、半兵衛様のおっしゃること何一つ間違いではない。現に貴様とこうして対話できている。やはり半兵衛様の編まれた策は素晴らしい!!!!」
「左様でございますか……」
半兵衛殿が誰なのか分からないが、一体ワシは果たしでどんな目で見られているんです……
それよりも何。モテ期がワシにもやって来たと考えていいんですか!? 背景に薔薇とか咲かせた方がいいかな!? え、無理? 出来る出来る、多分。
実を言うと、自分でも後々冷静になってみると恐ろしいが、相手の性別なんてどうでも良くなっていたんだと思う。
ワシがやっぱり左かなあ。いや、こんな美人に虐げられるのも中々乙かもしれない。右でもいいかもしれない。
コマンドの話ではないぞ?
今までの話を聞いてきて、きっと三成はワシの前世のことも知っているはずだ。
ワシは知りたいと思った。
自分の知らない、自分のことを。
だから
「なあ、三成。家に、来ないか?」


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