参
「生まれ変わりだ」
言われたことの意味を理解できなかった。
普段よりも数倍の速さでもって脳内処理を行ってゆく。
試験の時だってこんなにも容量を占めることはない。
大抵、今日の昼飯のメニューのことだったり、ペットの忠勝は今頃どうしているのだろうとか、深夜アニメは何がやるんだっけとか考えている。
自分には集中力が無いと思っていたけれど、欠片とまでは烏滸がましいが、どうやら一摘まみ分はあったらしい。
――以前「人は死んでから約四百年後に生まれ変わる」と聞いた。
現在から遡ってみると、西暦1600年頃だ。
関ヶ原の戦いが……ちょうど……起こった。
それから二週間ほどの間を開け石田三成は殺されている。
数字的な考えの場合においては辻褄が合う。
生まれ変わりを証明すべき材料としては不十分だが。
そもそも、不思議なのは「冗談だろ。勘弁してくれよー」などと笑い飛ばせないことなのだ。
妙なリアリティを真実味を感じ取ってしまっている。
威厳を身に纏い、存在感を露わにしている日本刀もそれを助長し得るのか。
ふと、ある衝動に駆られた。
本能の赴くまま刃に手を伸ばす。
徐々に距離が縮まっていき、それに触れた瞬間。身体が雷に撃たれたような感覚に陥った。慌てて引っ込めた掌を見たが、勿論異常など無い。
何故、痛みが生じたのだろう。
触ると感電(ひとまずそう言っておこう)するように作られているのか?
頭の中を様々な考えが駆け抜けては消えていった。
おそらく、今、ワシの脳は十七年間生きてきた中で三本指に入るほど働いているはずだ。
いつだったか、好きなゲームの発売日と補習が重なってしまって、学校からゲーム屋までどのルートを通れば最短距離なのかを考えていた時以来の……こ……と……?
ぷしゅう
その間抜けな謎の音がしたのを皮切りに、気づけば思考が全て吹っ飛んでいた。
俗に言うあれか。オーバーヒートと言うやつか。慣れないことをするな、とのお告げか。
「おい。何を一人で百面相している。気持ち悪い」
「え……あ、ああ、すまん」
どれ程の時間だったのか分からないが、放置させてしまっていたらしい。
形良い柳眉を僅かに逆立てている。
反射的に何か嫌な予感を感じ、再度謝った。
恐る恐る頭を下げながら。
三成は何も答えない。
案の定、上目遣いで窺った表情は不機嫌そのものだった。
オマケにそっぽまで向かれてしまう始末。
こんな時どうすればいいんだっけ?
何と言っても、彼女いない歴=年齢の喪男なのだ。
ギャルゲーは無論嗜んでいる。
だが、現実とバーチャルでは勝手が違うだろう。
……策だ。策を練ればいけるかもしれん。
ふむ、そうだ、な……
「持つべきものは絆作戦」なんてどうだ?
自分自身に経験が無いのなら、友人から聞きかじったことで処理をしていく。うん、我ながら完璧!!
……全員オタクの非リアでした……
類は友を呼ぶってばかあああああ!!!
思えば異性と会話するのも久々じゃないか。
いよいよ困ったことになったと、背中を嫌な汗が伝った。
あちこちで飛び交っている会話は、ワシを余計に焦らせる。
二度目の沈黙が両者の間に流れ込んだ。
(気まずい……)
緊張感故に妙に喉が乾く。
だが、既に紙コップの中身は空であった。
ストローを吸ったところで、ズーズーと虚しい音がするだけだ。
どうしたものか。逡巡した後、彼は財布を掴んで席を立とうと、して、やめた。
彼女から言葉をかけられた為である。
先と同様に、それも己を困惑させるものに他ならなかったが。
「貴様、何か受け継いでいるものはないか?」
「受け継いでいるもの……」
同じ言葉を反芻し、記憶を探る。
考えごとしてると眉間に皺寄っちゃうよなーってそうじゃなくて。
自室には漫画やらゲームやらフィギュアやらが大量に安置されているので、らしいものはない。
有名日本人画家によって描かれたとかいう掛け軸なら床の間にあるが、絶対パチモンに決まっている。誰だよアダム・ニートって。
どの辺が日本人画家なんだ。
ニートとか大丈夫か。
他に思い当たる場所では離れにある蔵くらいだが、祖父が他界してから一切手が付けられていないらしい。
その祖父が亡くなったのもワシが産まれる十年程前だったから、彼女の言っているものが蔵にある可能性は低い。
だとすれば
「もしかしてコレか?」
スポーツバックを漁り、風呂敷のような布に包まれた件のものと思われるブツを取り出した。
日本刀のすぐ横に置く。
それは、ずっと前、遠縁の人から貰ったものだった。
肌身離さず持っていろと言われ、律儀だったワシは言葉通り常持ち歩いていて、今に至る。
中身が何であるかは知らない。
別段、見ることを禁止されてはいなかった。
ただ、なんとはなしに、気が乗らなかったとか興味がなかったとか。
とにかく開けようと思ったことは微塵もなかった。
「君は……コレが何か知っているのか?」
「…………せ」
「え?」
「私に今すぐそれを貸せ!!!」
「は、はい!?」
まあ、なんということでしょう。感情の起伏が激しすぎる。
それにしてもよく通る声だ。ワシは他の客に迷惑をかけぬよう、コンマ0.1秒でブツを彼女に手渡した。
衝撃も衝撃的な、あの初対面から早数時間。
やっと分かった。
彼女は、ツンデレでもヤンデレでも殺ンデレでもない。
そうツンギレ。
美人は性格に難ありって聞くけど、想像以上だぞ。
個人的に攻略を後に回したいタイプだ。
そんなくだらないことを考えていたら、とうに包みは三成によって開けられていた。
何年ぶりかの時を経て人目に、空気に触れられた、それ。
「手甲……?」
黒地に眩しいばかりの金色の手甲。ところどころに傷が入っている。
酷く、懐かしい気が、した。