とりかぶと

男が泣いていた。
横たわった男の胸ぐらを掴んで 。
頬を伝わった血涙は、ぼたぼたと落ち戦装束を紅で染める。
「闇色さん……? どうしたの?」
そこへふらりふらりおぼつかない足取りで第五天魔王――お市が現れた。
「ああ、光色さんが死んじゃったの」
「…………」
「闇色さんは寂しいのね……そうね。そうなのね」
「っ……! 黙れっ!!」
怒鳴ると市の襟首を締め上げた。
彼女はそれを恐れるふうもなく、さも不思議そうに言う。
「市も、大切な人がいなくなっちゃったの。でもそれが誰だかわからないの。思い出そうとすると頭が痛くなって、眠くなっちゃうの。だから思い出せないの……とても、とっても大切な人だったのよ。だってほら、こんなにも心が痛いんだもの。闇色さんもそうでしょう? 本当は殺したくなんか」
「黙れと言っているだろう!!」
襟首を掴んでいた手に力を込め、乱暴に投げ捨てた。
鈍い音があたりに響く。
「痛い……闇色さん酷い……闇色さんなんか嫌いよ」
「奇遇だな。私も貴様のことは大嫌いだ。去ね。目障りだ」
「……蝶々さんのところに行くわ」
「勝手にしろ」
去りゆく間際に、彼がまた家康の方に戻っていく姿が目に留った。
肩が小刻みに震えている。
紅い涙は止まることを知らず、地面に点々とシミを残す。

――本当に闇色さんは、美しくて哀しい。

暗雲立ち込める空に、痛いほどの叫びが木霊した。
ただ、それだけの、ことだった。


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