前髪の話

三成は自分の前髪を触りつつ、悩んでいた。
どうしたものか……
いっそのこと手を加えてもとの形に近くしてみるとか、帽子でも被ってやり過ごすか。
帽子は……余計に目立つ元だな。
「あれ、三成ー前髪触って何してんだよ?」
「長曾我部か。まぁ、見てみるほうが早いだろう」
銀髪をダルそうに掻きつつ教室に入ってきた彼は、三成の目の前に立つと眠そうだった目をパチクリとさせる。
「え? な、何だその前髪!? 失恋でもしたのか?」
失恋だと?
今時そんなことで髪を切る奴など女でも存在するまい。
ましてや自分は男だぞ。
朝から気分が悪かったのにまた少しだけ悪くなったではないかと元親に無言の一瞥を送ると、ことの詳細を語り始めた。
少しだけ前髪が長くなったようなきがするな……と思った三成は、愛用の散髪ハサミを用意して髪を切っていた。
「これくらいでよいだろう」
さて、形部の作った朝ごはーん! と心をウキウキさせハサミを前髪から離そうとした瞬間の悲劇。
もう少し早く切り終わっていればそれは未然に防げたかもしれない。
「家康がな、現れたんだ」
「それじゃあいつものことじゃねーか?」
度々家康は勝手に迎えに来る。
セクハラ発言と共に。
一緒に学校行こう! 帰りは一緒に帰って絆やろうな! とか三成ーッ! 俺だーッ! 結婚してくれー! が主なセクハラ発言の部類に入る。
元親はよく三成からそんな愚痴を聞かされていたので知っていた。
「今日は上から、コウモリみたいな感じで顔を出して!! おかげで手元が狂ってこんな事に……」
思い出すだけでも不愉快だとでも言いたげに机をドンドンと叩きつつ、開いている手で自分の前髪を指差す。
そこには三成のチャームポイントである鋭い前髪は姿形無く、擬人化をしたらドヤ顔をしているようなパッツンが存在しているのみ。
実際のところ鋭い前髪=石田三成という等式が成り立っていたわけであり、今の彼はハッキリ言って「誰?」というような感じだ。
家康の登場の仕方と散髪事件のせいで二重の叫びを上げていた三成の元に飛んできたあの吉継が見ても第一声が「お主は誰だ?」というもの。
「おそらく今は私の家で吊るし上げられて、形部に説教されている頃だろう。いい気味だ」
自宅の方向を親指で指しつつ、不敵な笑みを浮かべる。
するとずっと黙って聞いていた元親は、ポケットからピンを数本取り出すとパッツンな前髪を掻き揚げて留めた。
そして再びポケットに手を突っ込むと、かわいらしいウサギ形のコンパクトが姿を現す。
姫若子の影は未だに残っているらしい。
子気味良い蓋が開く音がして、鏡は留められた前髪を映した。
「ポンパドールだ。髪の量の関係でボリュームは少ないけど」
「っ!? わ、私は女々しい髪型など!!」
毛利や官兵衛にニヤニヤ笑いながら馬鹿にされる、たまったものではない!と思いピンに手を掛けるが腕をガッシリと捕まれ断念せざる終えなくなった。
片腕もまた然り。
「折角やってやったんだから、今日一日は我慢しろよー」
半ば呆れ返ったような声で、露わになった額に軽いデコピンを食らわせられる。
イライラ度が限界まで達しようとしていたその時に大変な事に気づく。
待て待て顔が近い!!
嗚呼、どうしよう、後ろに花が見える……
いつもの彼とは違いかなりの少女チックである。
幸い今座っている席は、窓側の一番後ろという特等席であり教室にいる人もまばらなのでこの行為を見られている可能性は低い。
更に顔を近づけ、軽い接吻をした元親は名残惜しそうに舌で唇を一度舐めあげると「取るんじゃねーぞ」と言付けて自分の席へと帰って行った。
その後意識が黄泉の国へとまで飛んでいってしまった三成は、保健室へと運ばれ天海の手厚い看病を受けたとかなんとか。


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