No title

柔らかな日差しの当たる部屋の窓際で、二十七代魔王こと渋谷有利は机に向き合い何事かを長方形の紙に書いていた。
「よし、完成!」
部屋外にも聞こえたその声を聞き、近くを通っていたヴォルフラムが扉を開ける。
「ユーリ? そんな大声を出してどうしたんだ?」
「ほら、七夕の短冊書いてたの」
「たなば……た? たん……ざく……? 何だそれは?」
そういえばこの国には七夕なんて行事無かったなと思い出し、ヴォルフに説明をしてやる。
「あー、七夕っていうのは日本の伝統行事の一つ。で、短冊ってのはこの長方形の紙。コレに願い事を書いて笹の葉に括り付けんの」
「たなーばたとたんざーくの説明は分かったが、ささ……のは……とは何だ?」
何故伸ばす音が入るのだ?
おそらくそれは、十六年間地球育ちの俺にとって一生のこる謎の内の一つなんだろうなぁ。
「えっと、笹の葉は植物の事。ちなみに日本ではコアラの主食……ん、あれコアラだっけ?」
「コアラはユーカリの葉でパンダが笹の葉だよ、渋谷」
「あ、そうそうパンダパン――って、村田お前いつ入ってきたんだよ!?」
声を掛けられた途端に肩にずしりと重さがくる。
おそらく自分の手を俺の肩に乗せて、先ほど書き終わった短冊の願い事を覗こうとしているのだろう。
入ってきた気配がまったくしなかったため驚いてしまった。
「失礼だなぁ、さっきだよ、さっき。あ、僕にも短冊一枚頂戴♪」
「全然気配感じなかったぞ……ん、はい」
俺は困惑した表情を村田に向け、短冊を一枚渡してやった。
果たしてどんな願い事を書くのだろうか。
「っよし、出来たぞユーリ!! 見ろ!」
「おー、どれどれ……結婚できますよう――あれ、お前誰かと結婚する予定でもある・・・」
「ユーリ、よもや忘れたわけではないよな?」
「えっ、何を……?」
ヴォルフの怒りが爆発一歩手前の表情が俺にどんどん近づいてくる。
その顔から後ずさってもやはりどんどん近づいてくる。
そしてもう我慢の限界だとばかりに目の前の美少年の口から怒りの声が放たれた。
何を、、だと!? お前という奴は、本当にへなちょこだな!! お前が僕に求婚したんだろう!?」
「えー、あー、うん……そうだけどさ、アレは事故じゃん、事故」
そう、眞魔国にやってきて数日後俺は彼に求婚してしまったのだ。
それもこれも、自分の短気な性格と古いしきたりのせい。
「事故だと!? 男に二言は許されないはずだぞ? 言い訳をするな!」
「だって事故は事故だしさぁ……」
誰か助け舟を出してくれ!と心の中で祈ってみるが、村田は短冊を書くのに夢中になっていて当てに出来ない。
と、ここで扉をノックする音と共に、俺的最後の砦である彼の声が聞こえた。
待ってましたとばかりに怒るヴォルフを振り切り扉を開ける。
「はいはーい!!」
「おや、陛下自ら扉を開けて下さるなんて身に余る光栄です。……随分と疲れた顔をなさってますがどうしました?」
「む、いつも陛下って呼ぶなって言ってるだろ!? って、そんなこと言ってる場合じゃないんだって、助けて!!」
いつものやり取りをしてから、コンラッドに助けを求め、彼の後ろに身を潜めた。
この背の高さなら前から俺を攻撃する事も難しいだろうから。
「コンラートそこを退け!! ユーリもさっさと出て来い!!」
「まーまー、フォンビーレフェルト興落ち着いて、落ち着いて。とりあえず笹の葉に短冊括り付けようよ。じゃないと、願い事叶わないよ」
「そうなのか……ところで、大賢者は何を願ったんだ?」
「え、僕? 僕はねー」
村田は得意げな顔で短冊を読み上げる。
「サッカー場が欲しい!」
おかしい。
絶対におかしい。
確か村田は全国模試ニ位の天才眼鏡君のはずだ。(ちなみに一位はデス○トの夜神月だという噂)
なのに何故こんな願い事なのか?
「……お前さぁ、クリスマスじゃないんだから……後、サッカー場とか諦めろ。無理だから絶対」
「えー、夢は大きい方がいいじゃん!」
目の前の拳を握り締め天に突き上げる村田の姿を見て俺はため息をつく。
しかし、ヴォルフを落ち着けさせ、気を七夕行事へと向けてくれたので感謝はしておく。
ありがとう!!
「……これは、七夕ですか?」
コンラッドは思い出したように呟いた。
「あれ? コンラッド七夕知ってんの?」
「ええ。少しだけですが、地球にいた頃日本文化について勉強したんです」
「へーえ。あ、コンラッドも書く?」
「ええ、是非」
ラスト一枚の短冊をコンラッドにやる。
一人で何枚を書くのは気が進まなかったので丁度良かった。
ここで俺は少し気になっていた疑問をぶつけた。
「ところで、何か用事があったんだろ? 何?」
「そうでした、忘れていましたね、すみません。もうすぐ食事の時間だったので呼びに来たんです」
何があっても裏切らない俺の友、アナログGショックを見ると針が丁度十二時を指していたところだった。
腹の虫がそろそろ音が鳴りそうな予感。

「しかし、もうそんな時間だったんだ。全然気がつかなかったなぁ。最近もう、時間の流れが速く感じてさぁ……」
村田は視線を宙に彷徨わせながら食堂に続く長い廊下を先頭を切って歩きながら言う。
それは老化現象ではないだろうか?
まぁ、四千年の記録保持者だし、しょうがないかと壁に張られていた大賢者の絵を見ながら自己完結しておく。
「ところで、ユーリはたなーばたに何を願ったんだ?」
「世界が平和でありますようにって願ったよ。これ以上幸せな事って無いだろ?」
「それはまた、渋谷らしいねぇ」
「へなちょこにしては中々いいことを……」
俺にとって何よりもコレが幸せで大切な事なのだ。
ライオンズが良い成績をおさめますように、とどちらにしようか少々迷ったのだが……
「そりゃあ、どーも。あ、コンラッドは何を願ったの? 悩まずにさらさら書いてたけど」
「僕も気になるなー、ウェラー興が何をお願いしたのか」
話題に上っている彼(詳しくは彼の願い事)は、少し迷ったようだったが言ってくれる。
「あなたと……なじです」
「え? 何?」
途中の言葉が聞き取れなくて、もう一度聞こうと試みたがコンラッドは笑った顔を見せるだけで口を開いてはくれなかった。
その顔のまま会釈を一つすると末弟の方に行ってしまう。
「結局、何だったんだろう? コンラッドの願い事」
「僕には分かったよ。彼の願い事」
「え、マジで!?」
俺は村田の肩を揺すらんらんばかりの勢いで掴むと尋ねた。
だが彼も口を開いてはくれず、答えが聞けなかった。
よほどつまらなさそうな顔をしていたのか「部屋に行けば分かるだろ?」と頭をなでられる。
「まぁ、そうだな」
今はご飯ご飯! と自分に言い聞かせていると、食堂からいい匂いが漂ってきた。
それに腹の虫が耐えられなかったのだろう、ついに鳴き出してしまったのだ。
勿論、笑われた。


inserted by FC2 system