海岸の小さな町に、マコトという少年がいました。

彼にはある習慣がありました。お宮の建っている山の下のろうそく屋に訪れて、毎日一本だけろうそくを買いにいくのです。

彼の家は代々漁師でしたので、彼はろうそくを買ってお宮に供え、漁の無事を祈っていたのでした。

これは彼が自分の幼いころから続けていたことでありました。しかし、最近になってろうそく以外の目的もできたのです。

すなわちそれは、ハルカに会うことでした。

*

マコトとハルカが出会ったのはまったくの偶然でありました。

ハルカはあるとき、一つの思いつきをしました。

おじいさんの作るろうそくに絵を描いたら、みんながもっとろうそくを買ってくれるのではないか。

さっそくハルカがおじいさんに相談しますと

「おまえのやりたいようにやってみればいい」

 おじいさんはハルカに赤い絵の具と筆を与えてやりました。ハルカはその赤い絵の具で、魚や、貝や、または海草のような物を描きました。おじいさんはハルカの絵を見ると驚きました。その絵は、不思議な力と美しさを持っていたのです。それは、絵を見た誰もを、ろうそくがほしいと思わせるようにする力と美しさでした。

ろうそく屋は、四六時中ハルカの絵が描かれたろうそくを求める人々で溢れ返りました。

そこで奇妙な話が立ちのぼり始めたのでした。絵が描かれたろうそくを山の上のお宮に供え、燃えさしを身につけて海に出ると、決して水の事故が起こらない、というものでした。

そんな話もあって、ろうそく屋にはますます人が詰めかけるようになりました。

当然ろうそく屋を訪れる人々の興味は、ハルカにも注がれました。しかし、ハルカは自分をここまで育ててくれた老夫婦に感謝はしていましたが、自分の老夫婦や、ろうそく屋に来る客人とは違う異様な姿にうしろめたく思い、いつも奥の部屋に閉じこもっていたのでした。それでも、ハルカはとても美しい容貌をしていましたので、その姿を一目見ただけでみなが虜になったのでした。

波の穏やかな夜のことです。その噂を常々耳にしていたマコトは、ハルカを噂ではなく、自分の目で見て確かめたいと思いました。思ってしまったのですから、彼はいてもたってもいられません。夜の町をろうそく屋目指して駆けました。

ハルカの部屋には窓が一つありました。昼の間は誰かに見られることを恐れ、そこは布で覆われていましたが、波が穏やかで月のいい夜は、ハルカは布を取り窓を開けて海を眺めるのでした。

その日もハルカは海を見つめていました。そうしてからどれくらいの時間がたったのでしょうか。ふと、足音がしました。店の前で一旦止んだそれは、迷いのない意思を持ってハルカの部屋に近づいていきます。

 ハルカは驚きのあまり動くことができませんでした。長い時間をここで暮らしてきましたが、こんなことは初めてだったのです。

「君が、ハルカ?」

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