「僕、一回学校に泊まってみたかったんだー」

言いつつフタを開けた缶詰から取り出した鯖を、渚は四枚の紙皿に順番に乗せた。その上にから遙が「あの、せめて重ねないで別々に食べませんか……?」という怜の制止の声も聞き入れず、パイナップルを置いていく。

 渚の突飛な言動は今に始まったものではない。しかも有言実行しようとするので余計にたちがわるい。主に甚大な被害を被っているのは怜だった。

 以前、タイムが伸び悩んでいたとき、体毛を無理やり剃られたり、水着開発と題してスライムを塗りたくられたりされた過去を彼は持っている。(スライムの方はたまたま近くにいた真琴も巻きこまれた)

 今回も飛び出してきた渚の唐突な提案。最初に言葉を返したのは、やはりと言うべきか怜だった。

「意味がわかりません」

首を横に振って。困惑と、また始まったよという呆れの含んだ声だった。

「だーかーらー帰れないんだったら無理に帰らなきゃいいって言ってるじゃない。学校に泊まれば万事解決!」

「渚君。僕は君にどうやって帰るかを問うたわけであって、そもそもそれ強引にもほどがありますよ」

「そうだよ渚。怜の言うとおりだよ。学校に泊まるのはダメだって」

 そのとき、遙との着脱論争を終えた真琴が会話に加わってきた。ちなみ勝者は真琴だ。今回も幼馴染兼親友がお縄かかるかもしれないことを彼は未然に防ぐことができた。

「二人ともつれないなあ。じゃあ実はまだとっておきたかったんだけど、しょうがないから使っちゃおっかな」

僕今おこだから、と渚は頬を風船のごとく膨らませた顔を見せてから

「怜ちゃんが水泳部に入って間もない日のことでした。お昼を食べたあとのとっても眠い五時限目。日本史の授業だった。怜ちゃんたら飛びこみの――」

「わーわーわー! 君、秘密にしてくれるって! 代わりに僕にケーキたかったでしょう! しかも三つ! 苺のショートケーキと苺のロールケーキと苺のタルト。僕ちゃんと覚えてるんですから」 

 自分の名前が出るやいなや、なにを一体暴露してくれるつもりだと怜は身構えていた。

日本史でもしやと思い、飛びこみでそのもしやが確信へと変わった。変わった瞬間に、彼は大声を出しながら渚の口を手で塞いだ。

「大丈夫、怜? 顔真っ赤だけど」

「い、いえ、はい。大丈夫です。ありがとうございます真琴先輩」

 真琴が心配そうに怜の顔を覗きこんで言った。怜のそれは、茹でてすぐの蛸のように赤く染まっていた。指摘されれば余計に出来事が蘇って、さらに熱が集まってしまうわけだが。

力が緩んだ一瞬に渚が拘束から抜け出した。

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